明日は晴れでしょう

タロット占い師・七星naoのマニアックな世界

ご縁を頂いて、それをまた繋いでゆく

現在、海老名市と厚木市中心に配布されているフリーペーパー2誌に執筆させて頂いておりまして、どちらも素敵で憧れていたので執筆させて頂けていることに、本当に感謝しております。

 

sakurakentiku.jp

 

cre-ent.com

 

マガジン系やフリーペーパー系への記事執筆は私の中ではずっとやりたかったことで、まさに今こういったカタチで関わることが出来ることは、ありがたいことですし、更なるアイデアも湧いてくる…といった感じで、毎回楽しく書かせていただいております。

 

よく、
「海老名(や厚木)が好きなんですか?」
と聞かれるのですが、最初から大好きというわけではなく、最初はただ住む場所…といったこと以外に何も求めていませんでしたし、出身は埼玉県で20歳で大田区にて一人暮らしをした私にとっては、海老名もずっと「生活の場」という感じでした。

それが一気に変化したのは、近所の接骨院へパートに出始めてからです。
近所に顔見知りや知り合いが増え、外へ出るのが本当に楽しくなってきたんです。スーパーで会っては「こんにちは!」と挨拶をし、ただそれだけでも楽しかったんです。

そして、震災後に知り合った今でも大切な仲間たち・・・

この仲間たちとの出会いが、私には土地への愛着を深めたといっても過言ではありません。今日も近所のショッピングセンター内にあるカフェでコーヒーをを飲んでいると、「何やってるのー!」と笑顔で話しかけてくる声に顔を上げると、その仲間のひとりで、そのままカフェで話まくった後に夕飯も一緒に食べていると、もうひとり仲間が合流して・・という、こんな流れが私は大好きなんです。

 

性別も職種も全く違うけれど、なんか気持ちがつながっている仲間。
「あの店、今度みんなで行こうよ!」「いいね!!」
なんてワイワイ言える仲間がいる世界、それが私の欲しかった世界だったんだなぁ、、と、しみじみ思うのでした。これは震災があったことでつながった縁でした。だから、みんなどこか「人を思いやる」気持ちを持っている人たちなんですね。

 

その後、ボランティア団体で知り合った仲間たちは、もっとまた別の意志をもった方々が多く、その中で街の店舗様や企業様とつながるきっかけを頂いて、私はどんどんと海老名の街に根差していったのです。今、団体は解散しましたが、関わった皆さんはそれぞれが素晴らしい活動や人生を送っていて、私もわが身を振返り、しっかりしなきゃ!なんて思うことも多々あります。

 

こうやって素敵なご縁がつながる中から、こうやって念願の紙面執筆という仕事が、ご縁の中からやってきました

 

誰も知り合いのいない、この土地に来て10年を越え、今。
これから更に発展していくこの街へ、以前の私のように「誰も知り合いなどいない状態」でやってくる方もきっと多くなることでしょう。そんな方々と地域のご縁を結ぶ、そんな活動として私は出来るだけ「幸せ」を感じて頂ける文章を執筆していこうと思っております!

 

リュミエール七星